みずかがみ

奈良の天河で本当の自分と出逢い、不思議な体験をしました。人生の日々の學び、湧いてくることを心のままに綴っていきます

※表面的な優しさ

ポチッと二回押すだけで、助けを求めてる人に届くかもしれません。



あなたが自分を、そして世界を変えてください。




今日の稽古で湧いたことを書きますね




表面的な優しさって、どう思いますか?




深く知らない人からすれば、あの人は優しい人だねとなるでしょう




でも、その優しさは本当の優しさなのかな?




悪いことをしてる子供にも優しくよしよしってしちゃう?それって優しさ?その子がこの先もっと悪いことをしても?




その子の未来まで考えて優しくしてますか?




そこまで考えて他人に接することはあまりないですよね。身近な人ですら、そうですね。怒ること叱ることはこちらも辛いですから




街で子育て中の母親を見ていても、叱るではなく思い通りにならない子供に腹を立てて怒っているのを目にすることがあります




怒ることや叱ることは傷つくリスクもあるしエネルギーも使うし、表面的に優しくするほうがよっぽど楽です




今日の稽古で僕はずーっと黙ってました




心の目で視ると色んなことが見えるし感じます




この作品がどうすれば良くなるか、この人に何を言ってあげることが最善か。心から湧き続けてました




でも、言いませんでした。前回僕は主婦の方に




『舞台上ですごく迷いが見えます。あまりキョロキョロしすぎると他の人や作品の邪魔になってしまう場合があります』




こんな風に言ってしまいました。自分なりにオブラートに包みながら言ったつもりではありました




でもグループラインで別の女性から




『〇〇さんはプロではありません。ですが子供が3人居て子育てもしていて本当にすごいんです。人としてよく知らないのに言わないでください』




そういう風に言われました




僕は、素直に受け止めて反省しました。そして後日、本人に軽率な発言をしてしまってすみませんでしたと謝りました。




『まだ若いから仕方ないよ』




そう言われました




若いからしょうがないの?そう思ったけどそれは飲み込んで切り替えました




演出のアランとその相方の女性からは、今度から発言するときは直接言わずに私を経由して稽古が終わってから言いにきてくださいと言われました




その時その時に沸くのに、稽古が終わってからなのか…。直接言えないことでどれだけ伝えたいことにフィルターがかかってしまうのか




演出助手ではなく、クリエイター型ドラマトゥルクが向いてると改めて思いました。




クリエイター型ドラマトゥルクとは、簡単に言えば思ったことを稽古場で自由に言う人です。最終的な決定は演出や役者が決めます




今日ずーっと観ていて、もう限界だなと思いました。心が発してました




そして今日、前回僕に意見を言ってくださった方と2人でお話しました。




その方に現状や、今書いたような内容、思ってることを伝えました




今のままでは通用しない。作品を生かすも殺すもクリエイトするのは演者だ。お金を頂く以上は、一般の人だとしても気を使うことは出来ない。




面白いのは、通用しないのが一般の方ではなく、作品に参加している数人のプロダンサーの方なのです。身体ばかりにフォーカスしてきたので心と身体がバラバラなんです




少なくともこの舞台はプロの世界ですし、どこまでの作品をそれぞれがしたいのか分からないけど、僕は手を抜くことなど出来ない




するとその女性は、涙ぐみながら話してくれました




自分は大学のとき、踊りで人を指摘し続けて孤独になったと。意識の違いに苦しんだと




その時、この方は僕を通して自分を見ていたんだなと思った




すごく、愛おしく感じた




『この人に作用する存在で在りたい』




僕は、愛になっていました




明日、全員で話し合いをすることになりました。僕はそれぞれが何を思ってるか知りたい




舞台は、生半可ではない。人を育てる場ですが、お金を頂くのなら生半可では許されない




ご神事では命をかけないといけない。




そういう世界です




だいぶ話が派生しましたが、本当に愛で相手を思うのなら、あなたが本当に優しいのなら、相手の為を思うのなら!!!!!




そこまでしてください。




それが愛でしょう?




適当にやり過ごすほど簡単なものはありませんから




これは誰にでも、何事にも言えることです。




人生は學びに溢れています。




良いことも悪いことも、日々に素晴らしく在ります。




あなたの人生が豊かで実りあるものになりますように。